人は悪魔に熱狂する ポイント解説

【必読ポイント!】人間に潜む「悪」の力

バイアスに気づけ

データは事実を示すが、必ずしも真実であるとは限らない。アンケート結果などに基づき消費者ニーズを汲んだつもりで商品開発を行なっても、期待に反して売れないことがある。本質を鋭く見抜き、データでは欠落している部分を推論で埋めながら仮説を立てて検証し、正しい結論を導く洞察力が求められる。

そもそも、人間は合理的ではない。健康を心がけている人が、空腹に耐えかねて肉厚なハンバーガーを食べることもある。意思決定に歪み(バイアス)が生じることで、合理的に考えれば選ばないような選択肢を自ら拾ってしまうのだ。このようなバイアスまみれの人間心理の究明を目指しているのが行動経済学である。

人間の内面には良い意思決定としての「善」だけではなく、煩悩にまみれた「悪」の欲求も潜んでいる。この「悪」こそ人を熱狂に駆り立てるのであり、それに負けまいとするのが人間の本質だ。それを理解しないまま「善は悪に勝つ」といった単純な枠組みで世界を見ている限り、どれだけデータ処理の理論を学んでも「データの嘘」に気づけず、本質を見抜く洞察にもたどりつけない。

実際、世の中のヒット商品を分析してみると、必ずといっていいほど人間の「悪」、煩悩の部分を突いていることがわかる。膨大なデータを眺めてヒットの確率を予想するよりも、人間の悪の側面からヒットを予測する方が成功する可能性はずっと高いのだ。

人間の欲求が生む「悪」

アメリカの心理学者アブラハム・マズローは人間の欲求を5段階に分け、その最下層に「生理的欲求」を位置付けた。食欲もその1つだ。食べ放題は人間の最低ランクに位置するこの欲求を刺激するものであり、これが満たされることで自己実現などのさらに高レベルの欲求を追求できるとする。

その一方で、損をしたくないという強欲で悪魔的な側面が人間にはある。食べ放題に行けば原価が高そうなメニューばかり頼んだり、必要以上に食べ過ぎてしまったりする。たしかに、元をとろうとしても無意味なのに苦しくなるほど食べるのは、食事の楽しい雰囲気を台無しにするかもしれない。しかし、そんなキレイごとだけでは済まされないのが人間の心理である。

それから、マズローの欲求5段階説において、上から2番目に位置付けられるのが「承認欲求」である。これは現代的には「意識高い系」と同義な欲求だ。他者から認められたい、あるいは自分を価値ある存在として認めたい。それによって自己が確立した状態を目指す。特に他者承認欲求は厄介で、相手に認められるまで人間はとことん強欲になる。SNS上で「いいね」「フォロワー数」「再生回数」欲しさに奇抜な行動に走る。

承認欲求は一種の煩悩だが、「他人に認められたい」と考えること自体は決して悪いものではない。それをバネに努力を重ねて成功をつかむ人もいる。いずれにせよ、承認欲求を満たしてくれる悪魔的な商品・サービスの方が、多くの人に支持される可能性が高い。

怒りは社会を変える

科学的なデータを見れば地球温暖化はたしかに進んでいる。しかし人間は、自分の知識にしがみついて「まだ大丈夫」だとリスクを過小評価する「正常性バイアス」によって、不安から逃れようとしてしまう。地球に気候変動のような危機など迫っていないと考える人がいるのも、このようなバイアスが原因だろう。

地球温暖化が一向に解消されない状況に一石を投じたグレタ・トゥーンベリさんには、「実現不可能な正論にすぎない」という批判を向けられている。彼女の議論がデータに裏付けられた正論であるとわかっているからこそ、反発する大人が出てくるのだ。しかし、地球温暖化対策の議論が明確化したのは、冷静さよりも彼女の「怒り」という「悪魔的感情」の力である。

男女差別への怒りの力も世の中を変える。2018年8月、東京医科大学をはじめとする多くの大学で、性別を理由に不当に得点調整していたことが判明した。驚くべきことに、当事者である医師の65%が医学部入試における女性への一律減点に理解を示している、という調査結果もある。その最大の理由は女性医師の離職問題だ。日本で深刻化する医師不足を解決するために、産休・育休が必要な女性医師を敬遠すべきだという「もっともらしい意見」だけで判断し、誤った結論に導かれてしまった。

こうした差別、「社会の悪」には「バイアスという悪魔」が関与している。なし崩し的に容認されている「現状」を変えるために、私たちはもっと怒ってよいのだ。

キレイなものだけでは社会を動かせない

本音が説得力をもつには

建前と本音、つまり表の顔と裏の顔を使い分けるのが大人の世界に特徴的なコミュニケーションだ。

ただ、建前だけでは疲れてしまうのか、テレビやお笑いの世界でも「本音」トークが受けている。ビジネス記事やビジネス書の世界で「本音」「毒舌」で人気といえば、堀江貴文さんを思い浮かべる人も多いだろう。実際に、堀江さんが著者名に入っている書籍のタイトル、帯文を分析すると3つの特徴が浮き彫りとなる。否定の意味でつかわれる「ない」という言葉が多いこと、「金持ち」「稼ぐ」などお金に関する単語が頻出すること、「バカ」「嫌う」といったネガティブな単語が登場することだ。

こうした、キレイごとだけではない「本音」こそが、熱狂的に支持される理由である。ただし、堀江さんの成功の裏には超人的な努力もある。それが自分の「権威」を高めることにもつながっている。悪魔的とも呼べる説得力の源泉は、努力して成功することにこそあるとも言える。

怠惰はイノベーションの源

日本では、手を抜ける場面で楽をすることが「悪」で、一生懸命努力することが「善」とされがちだ。しかし、ブラック企業はそれを逆手にとって休まない人間を高く評価する。自分たちの中に「怠惰」という「悪魔」が潜んでいることを認め、適度に休むために効率の良い仕事の仕方を考える方が、よほど生産性の向上につながるだろう。

この怠惰は、むしろイノベーションの源となる。女性の社会進出が進み、共働き世帯が増えている中で、家事のアウトソーシングやデリバリーサービスは大きく注目を集めている。しかし日本人は、「楽しよう」という呼びかけを前面に出しすぎると拒絶反応を示す。ビジネスの「熱狂」を生むためには、受け入れやすい範囲内で「怠惰」を推奨する工夫が必要となるだろう。

キレイごとでは熱狂は生まれない

「SDGs(持続可能な開発目標)」への関心は高まっており、率先して取り組みを強化している企業も多い。たとえば「脱プラスチック」の流れから、2020年7月には全国の小売店でビニール袋の有料化が始まっている。

しかし、世界経済フォーラムによれば、日本で「SDGs」という言葉を聞いたことがある人の割合は49%で、28カ国中最下位だった。少なくとも日本の一般消費者は、SDGsはキレイごとだと冷笑的な態度をとってしまっているのではなかろうか。いかに合理的で良いテーマであっても、論理だけでは大衆は動かない。SDGsを盛り上げるためには、感情に訴えるストーリーが必要である。

対象に感情移入し感情を強く揺さぶられると、人間は論理的な判断ができなくなる。共感が熱狂を巻き起こすのだ。この仕掛けがないまま理想に接したとき、人は冷静で論理的な判断によって行動してしまう。キレイごとではモノは売れない。

イノベーションの本質とは

社会をよくしようと生み出したイノベーションが、必ず社会に受け入れられるわけではない。新技術に対する期待が大きくなりすぎて過剰評価してしまう、「イノベーション推進バイアス」に陥っているケースも少なくないのだ。

AIの可能性を示した「AI美空ひばり」が、NHK紅白歌合戦に登場後、その完成度の高さにもかかわらず視聴者から戸惑いや批判の声が数多く寄せられ、炎上することになったことは記憶に新しい。AIが仕事を奪うという論調も行き過ぎた考え方だ。AIが普及することで個別の業務の中には自動化されるものもあるかもしれないが、その分新たなタスクや職業が生まれる可能性もあることを忘れてはならない。

その一方で、AIに代表される新技術の活用や浸透によって既存の社会に変化が生まれ、デジタル化や自動化が進んでいくことは間違いなさそうだ。欧米各国ではこれに対応するための再教育にリソースを割き始めているが、日本では新しいものに怯え、デジタル化に対応できない臆病な意思決定権者もいる。この「変わらない日本」への苛立ちが、イノベーションに対する極端な賛同につながっているのかもしれない。

データを使って正しい判断をするために

確率が持つ魔力

人間は確率に弱い生き物だ。1%の確率でレアアイテムが当たるガチャがあった場合、毎回99%の確率で外れることは変わらないのに、100回やれば当たるかもしれないと直感的に考えてしまう。これを「ギャンブラーの誤謬」という。ほぼ完全なランダムなのに、「流れ」「運」などと傾向を見出そうとして判断を誤ってしまう。

大行列ができるほど多くの人が同じ宝くじ売り場で買えば、高額当選が続出するのは当然である。それでも思わず列に並んでしまう。人間は確率を無視して判断しがちなのだ。「ガチャ」が大流行しているのは、確率に弱いという人間の本質を洞察した結果だろう。

また、ランキングを利用して熱狂を生み出す方法もある。一見すると信頼性や妥当性がありそうで、実際は自分に都合の良いデータの集め方をして、人を騙せるランキングを簡単に作ることができる。「食べログ」に代表されるように、日本人の多くは周囲が「良い」とする意見に賛成する性質があり、事実を確認しないまま順位付けされた結果だけを受け入れがちである。こうしてランキングは、購買行動への躊躇を減らすのだ。

占いが持つ魔力

洋の東西を問わず、古くから様々な占いが知られている。科学がどれだけ進歩したとしても、占いを信じる人は決して少なくない。占いは統計学だとも言われるが、人相や手相も過去の経験則を集めたものであり、科学的な再現性に欠けている。

とはいえ、気が楽になるなどの「効能」を占いに感じる人もいる。しいたけ占いはその代表例で、やさしい言葉で自己肯定感を高めてくれる。それがよい結果につながる可能性を考えると、占いが当たるかどうかはもはや本質的な問題ではないだろう。客観的なデータより主観的な幸せに寄り添って不満を解消してくれるサービスとして、占いは人気があるのだ。

正しそうなデータの魔力

『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』(日経BP社)が世界的ベストセラーになっている。タイトルは「データや事実にもとづき世界を読み解く習慣」を指す言葉だ。

しかし、この本で示される事柄は本当に「ファクト」に基づいているのだろうか。たとえば、国家所得の参照元とした世界銀行の統計データは、政治的な妥協と多くの恣意性をはらんだデータである。数字の全てが実態を表わしているとは限らないのだ。

人間は正しいデータに基づいて正しく判断できる、と私たちは無意識に思い込んでいるふしがある。しかし、人間は時と場合によって非合理的な意思決定を行なうし、記憶も思考も歪んでいる。むしろ、データは間違っているとの前提に立つことが、正しい判断を下すために必要なこととなる。それは、大ヒットの実績がある本の収録データに対しても同じである。

人は、自分の判断の不確かさから、「正しいとされているもの」にすがろうとしてしまうのだ。

一読のすすめ

消費者のニーズを把握するために、アンケートなどを駆使してデータを収集し、それに基づいて商品開発する。もはや定石ともいえる製品開発の手段だが、消費者ニーズを正しく把握することは意外に難しい。著者が明らかにしているように、アンケートには出てこない人間の「悪」の側面こそが人の心を熱狂させるからだ。

本書は、第一線で活躍するデータサイエンティストが行動経済学的にデータ、情報の見方を解説したものである。データを違う角度から見てみるだけで、まったく違った世界が広がる経験ができるだろう。目の前にあるデータだけではなく、人間の欲望や煩悩に注目することでものごとの本質に迫ることができる、ということがわかるはずだ。